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東京地方裁判所 平成7年(ワ)24455号 判決

原告

百瀬堯

右訴訟代理人弁護士

中田明

松村幸生

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右指定代理人

新堀敏彦

外五名

被告

株式会社千葉銀行

右代表者代表取締役

玉置孝

右訴訟代理人弁護士

原秀男

竹下正己

大木和弘

被告

株式会社千葉興業銀行

右代表者代表取締役

免出都司夫

右訴訟代理人弁護士

浜名儀一

右訴訟復代理人弁護士

山口仁

主文

一  被告国は原告に対し、二二五万九三九九円及び内金一三一万六九三七円に対する平成七年一二月二九日から支払済みまで年6.33パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告株式会社千葉銀行は原告に対し、一九一万八二四九円及びこれに対する平成七年一二月二九日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員、並びに平成一〇年二月七日において一六八万九一五一円及びこれに対する同月八日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

三  被告千葉興業銀行は原告に対し、三六万七九五七円及びこれに対する平成七年一二月二九日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員、並びに平成八年一二月二六日において二五万円及びこれに対する平成八年一二月二七日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

四  原告はその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

六  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  主位的請求

1  被告国は原告に対し、二二五万九三九九円及び内金一三一万六九三七円に対する平成七年一二月一三日から支払済みまで年6.33パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告株式会社千葉銀行は原告に対し、三六四万七三七七円及びこれに対する平成七年一二月二九日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

3  被告株式会社千葉興業銀行は原告に対し、六一万七九五七円及びこれに対する平成七年一二月二九日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  予備的請求

1  被告株式会社千葉銀行は原告に対し、一九五万八二二六円及びこれに対する平成七年一二月二九日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員、並びに平成一〇年二月七日において一六八万九一五一円及びこれに対する同月八日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

2  被告千葉興業銀行は原告に対し、三六万七九五七円及びこれに対する平成七年一二月二九日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員、並びに平成八年一二月二六日において二五万円及びこれに対する平成八年一二月二七日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、共同相続人の一人である原告が、被告らに対し、被相続人名義の預金につき、他の共同相続人の同意なしに単独で自己の法定相続分に応じた金員の払戻しを求めた事案である。

一  争いのない事実及び容易に認定できる事実

1  亡齋藤勝の被告国に対する預金債権の内容は次のとおりである。

(一) 通常預金(記号番号一〇五九〇―二六八〇八九八一)

一八八万四九二四円(平成八年四月一日現在高)

(二) 定額貯金(記号番号四〇五六〇―九六三一五)

預入日 平成三年七月二五日

利率 6.33パーセント(三年以上)

満期 半年据え置きで、その後は随時払戻し可能。

現在高 一三一万六九三七円(平成七年一二月一二日現在)

(三) 定額貯金(記号番号四〇五〇〇―四〇八四一四九)

預入日 平成三年七月二五日

利率 6.33パーセント(三年以上)

満期 半年据え置きで、その後は随時払戻し可能。

現在高 一三一万六九三七円(平成七年一二月一二日現在)

2  亡齋藤勝の被告千葉銀行に対する預金債権の内容は次のとおりである。

(一) 普通預金(口座番号一〇五七三二五)

三四万六七一一円(平成七年一二月二八日の現在高)

(二) 定期預金(口座番号八七七九九〇―一)

預入日 平成三年二月一日

利率 年6.33パーセント

満期 平成六年二月一日

現在高 三四八万九七八八円(平成七年一二月二八日の現在高)

(三) 定期預金(口座番号八七七九九〇―二)

預入日 平成七年二月七日

利率 年2.15パーセント

満期 平成一〇年二月七日

額面 一一二万六一〇一円

(四) 定期預金(口座番号八七七九九〇―三)

預入日 平成七年二月七日

利率 年2.15パーセント

満期 平成一〇年二月七日

額面 二二五万二二〇一円

3  亡齋藤勝の被告千葉興業銀行に対する預金債権の内容は次のとおりである。

(一) 普通預金(口座番号〇一六〇六五二)

七三万五九一四円(平成八年五月二〇日の現在高、平成七年一二月二八日現在においてもほぼ同額であったと推認できる。)

(二) 定期預金(総合口座一六〇六五二一〇〇一)

額面 五〇万円

4  亡齋藤勝は平成五年一〇月二一日に死亡した(甲1の3)。

法定相続人は、妻の齋藤美代と長男である原告の二名である(甲1の1ないし5)。

5  原告は被告国に対し、平成七年一二月二八日、前記1(二)、(三)の定額貯金につき、本訴状をもって払戻しの請求をした。

原告は被告千葉銀行に対し、平成七年一二月二八日、前記2(三)、(四)の定期預金につき本訴状をもって解約の意思表示をした。

原告は被告千葉興業銀行に対し、本件第四回口頭弁論期日(平成八年六月二四日)において、前記3(二)の定期預金につき解約の意思表示をした。

二  争点

1  遺産分割協議成立前において、共同相続人の一人である原告は、他の共同相続人(齋藤美代)の同意を得ることなく、被告らに対し、単独で自己の法定相続分に応じた相続預金の払戻請求ができるか。

2  原告からする定期預金の中途解約は認められるか。

三  争点1に関する当事者の主張

1  被告国

郵便貯金解約は附合契約であり、その内容は郵便貯金法、同法施行令及び郵便貯金規則(以下「規則」という)等の法令で定められている。したがって、郵便貯金の利用者は右各法令に拘束されるところ、規則三三条は、郵便貯金の貯金者が死亡した後に貯金の払戻しの請求をする際に相続人が二人以上いる場合には、他の相続人の同意書等を提出のうえ名義書換えの手続を要する旨を規定し、分割払戻しの手続を禁止している。

したがって、被告国が右規定に基づき原告の分割払戻し請求に応じないのは正当である。

2  被告千葉銀行及び被告千葉興業銀行

(一) 遺産分割協議成立前の遺産共有は、民法二四九条以下の共有とは異なり、各相続人が遺産に属する個別の財産の上に当然に法定相続分に応じた持分を有するものではなく、遺産全体について各相続人の法定相続分に応じた抽象的な権利義務を有しているにとどまると解するのが相当である。したがって、相続の開始により、相続人が当然に法定相続分に応じた具体的権利を取得するとの原告の主張は失当である。

(二) 右のように解しなければ、遺産分割制度と整合しないし、仮に原告主張のごとく預金債権が当然に分割承継されるとすれば、被告らのごとき遺産に属する金銭債権の債務者などの第三者は、一部の相続人からの法定相続分に応じた請求を拒めないことになるが、これに応じて支払った後に支払時に確認できなかった相続人の存在や法定相続分の違いが判明したとき、また、法定相続分と異なる遺産分割協議がなされた場合には、不可避的に相続人間内部の争いに巻き込まれることになるのであり、その受ける不利益は著しいというべきである。

(三) このため、一般に銀行においては、確認できている相続人全員の同意を得たうえで、各相続人の払戻しに応じる扱いをしているのであるが、これは既に確立された銀行実務の方式であり、その積み重ねにより、銀行と預金者との間の事実たる慣習となっている。

3  原告

(一) 預金債権は、相続により、当然に法定相続分に従って相続人に分割承継されるから、原告はその法定相続分(二分の一)に応じて被告らに対し、亡齋藤勝の預金の払戻しを請求できる。

(二) 被告国の主張について

そもそも、郵便貯金規則三三条ただし書は、「二人以上の相続人があるときは、名義書換又は転記の請求をする相続人以外の相続人の同意書を提出しなければならない。」と規定するのみであり、その文言をみるかぎり、この規定が分割払戻しを禁止したものと解することはできない。

仮に被告国が主張するとおり、規則三三条が分割払戻しの禁止を定めたものであるとしても、一般に郵便貯金の利用者はそのような規定を知らないから、右規定は利用者を拘束するだけの意思的基礎を欠いており、また、その効果の重大性に照らせば、利用者にとって不意打ちとなる。したがって、このような約款の拘束力は否定されるべきであり、また、そもそも法律の明文によらず、規則によって民法の分割債権の原則に対する例外を創出することは許されない。

さらに、規則三三条の趣旨は、相続人の確認の煩雑さ、相続分の確定の困難、超過弁済の危険などの回避にあると考えられるが、訴訟手続において相続人であることと相続分が証明・確認された場合においては、そのような困難・危険は生ぜず、右規定の適用範囲外である。

このような場合にまで相続人全員の共同行使を強いることは、右規定の趣旨から考えて何の合理性もないから、被告国が右規定を根拠に原告に対する払戻しを拒否するのは権利の濫用にあたる。

(三) 被告千葉銀行及び千葉興業銀行の主張について

被告千葉銀行及び千葉興業銀行は遺産分割前の相続財産の法的性質を合有的に解すべきであると主張するが、そのような理解は分割前の財産処分を前提とした民法九〇九条ただし書に反することになるし、また、民法の建前としては個人主義が原則であり、合有のような取扱は組合のように明文の規定がある場合にのみ例外的に認められるべきである。

確かに被告ら銀行が主張するように、権利者の確認が容易でない場合もあろうが、自己の相続分を証明して払戻しを請求してきた者に対してまで、相続人全員と共同でない限り支払いを拒絶するという扱いをする必要はないはずであり、そのような場合にまで相続人全員の共同行使を強いるとすれば、相続人の権利行使を不当に阻害することになる。被告ら金融機関が債権の準占有者への弁済による保護法理(民法四七八条)や訴訟告知といった手段以上の保護を望むのであれば、もはや立法によるしかない。

また、相続預金の払戻し手続は、共同相続人全員でなされなければならないという事実たる慣習は存在しない。そのような取扱いは銀行取引契約に際して格別説明もなされておらず、原告や亡齋藤勝らのような一般人にとって、到底周知のこととは言い難いのである。

第三  判断

一  争点1について

1  相続人が複数いる場合において、相続財産中に可分債権があるときは、その債権は法律上当然に分割され、各共同相続人はその相続分に応じて権利を取得すると解される。

したがって、前記第二の一の1ないし4によれば、原告は右1ないし3の亡齋藤勝の各預金につき、いずれもその二分の一を相続により取得したものと認められるから、原告は、右各預金のうち少なくとも払戻し期限の到来したものについては、右相続分に応じて直ちに払戻しを求めることができる。

2  被告国の主張について

被告国は、規則三三条に基づき、本件のように相続人が複数いる場合は、原告単独による払戻請求を拒否できる旨主張するが、同条は、共同相続の場合においては、預金の帰属者及びその帰属する範囲を確認するのが困難であることから、大量の事務処理の便宜のために設けられた規定と解されるところ、本件においては、前記1のとおり、原告が二分の一の割合で亡齋藤勝の預金を相続したことが明らかとなっており、預金の帰属者及びその帰属する範囲が確認されているのであるから、もはや同条を適用する必要はなくなったというべきであり、被告国は、同条を根拠に原告の請求を拒むことはできない。

3  被告千葉銀行及び千葉興業銀行の主張について

(一) 前記1のとおりであり、相続財産は遺産分割まで共同相続人の合有となるとの説は採用しない。

(二)  弁論の全趣旨によれば、銀行等の金融機関は、共同相続の場合、相続人全員の同意書か遺産分割協議書の提出がなければ相続預金の払戻しには応じないとする扱いをしていることが認められる。

相続人の範囲を確定するのは事案によっては相当に手間がかかることであり、遺言、特別受益、寄与分などによる法定相続分の修正の可能性を考えれば、相続分の確定も容易ではない。したがって、銀行等の金融機関の右のような取扱いには、後日の紛争を防止する手段としての合理性があり、大量処理のための必要性も認められる。

しかし、そのような取扱いがいかなる場合にも合理的といえるわけではなく、相続人全員による払戻請求が著しく困難な場合(甲4、5によれば本件はそのような場合にあたることが認められる)にまで、同様の取扱いを貫徹するのは不合理であり、弁論の全趣旨によれば、現に銀行等においても、葬儀費用等を賄うための払戻しには相続人全員による請求を要しないとする扱いをしていることが認められる。

これらの事情を総合すれば、前記のような銀行等の取扱いが事実たる慣習となっているとまではいえず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

二  争点2について

定期預金は、一定期間払戻しを受けえない預金として契約されるものであり、銀行はその期間内は支払いの準備をすることなく資金として運用できることから高い利息を払うことにしているのであって、このような定期預金の性質に照らせば、預金者からの中途解約は認められないというべきである。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、主文一ないし三項の限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官庄司芳男)

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